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淡々とリベラル

センチュリー大橋という人物

センチュリー氏(Twitter:@CentOS_Ohashi)とは今はなき「リベラルネット戦略」のメンバーとして初めて認知した。リベ戦は自分にとっても多分彼にとってもある種の黒歴史に違いない。ワタシは積極的に関わっていたというよりはその観察者と言ったほうが正しいが、しかし苦い記憶であったことには違いない。

ワタシは政治的に自分をリベラルだと自称したことは一度もないが、センチュリー氏はリベラルだなぁと思う。彼にとっては誰が何を主張しているのか、それ自体よりは、その主張されたものが誰にとって有益なのか、そうしたことにしか興味がないのだろう。 そんなリベ戦メンバーであった大橋氏の「あまり他人に干渉しない有様」がそれなりに居心地よく、なんだかんだと今でも時々連絡を取り合っている。だが未だにオフラインで会ったことはない。本当にお互いに全く干渉しないのだ。

太地町:春の森浦湾と桜

写真:太地町のフリー写真素材

一般有権者の目線に立つこと以外興味無かった

趣味嗜好、もっといえば政治観も実は相当に違っている部分はある。
たとえばコロナ対策に関しての考え方は一部触れあうことがあっても絶対的に交わらない点もある。 だがワタシにはセンチュリー氏とは、ほぼ完全に一致する考えがあった。 氏の2021/02/25の記事 「Twitter政治がコンプレックス商売の巣窟と化している件」で指摘される、
罵詈雑言渦巻くTwitter政治界は一般有権者からは敬遠され、Twitter政治アカウント同士も「実は政治では無くて宗教の話をしている」ということに気が付かない。
という点だ。ここについてセンチュリー氏の意見と自分の意見は完全に一致する。

生活から乖離する宗教的会話としての政治

今年4月にもこの話題で会話をした。
「(Twitter政治アカウント同士は)信条によって会話してるわけじゃないんです。信仰によって会話してるんです。」 と彼は言った。
すとんと腑に落ちる表現だった。
「崇める神様が百●尚樹か枝野●男か安倍●三かと言った違いで喋ってるだけで、一般有権者の生活を考えてるわけじゃない。」
センチュリー氏のこれらの発言にワタシはこう返している。
「全くいいこと言うw」
そうした視点を持てる人というのはそう多くない。 ワタシ自身呆れ果てるばかりの人間関係の中でますます人間嫌いが加速している現状にあって、 ついに「この秋の衆院選はぜってぇ投票したくねぇ!」という気分になっている。
他人様のblogで詳細を云々はしないが、Twitter政治クラスタの実にくだらない揉め事の数々は本末転倒甚だしく、 「一体なんのための誰のための政治主張なんだい?」と思うことは2020年代に突入した現在でも日々発生している。
昔大好きだった幽☆遊☆白書で樹が言ってたなぁ。
「オレ達はもう飽きたんだ。お前らはまた別の敵を見つけ戦い続けるがいい」って。
そういうの、もううんざりだよなー。 うんざりすることは萎えることなのだが、そのうんざりする感覚は持ち続けていたい。 そうでもないとミイラになっちゃいそうだから。

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ジャーナリズム   2021/08/08   まきまき
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