報道されない開戦の背景
写真:長崎市のフリー写真素材より
ロシアがウクライナに侵攻する前の段階では、既にウクライナには極右勢力が一定の力を持っていた。
少なくとも2021年の秋頃にはかなりロシアを挑発していたし、公安調査庁でもウクライナで「アゾフ大隊」なる極右組織が紛争に参加していることは把握していた。
しかし、日本ではロシア侵攻による開戦の背景というのはキチンと考察され、それが放送されると言うことは殆ど無い。
侵攻を仕掛けたプーチンに非があることは当然であるが、だからとてウクライナが潔白であるわけでもない。この戦争は実に複雑な経緯で始まっているのである。
そして日本にも沖縄と本土で民族が変わるように、ウクライナとて一枚岩ではない。我々は露宇紛争の背景と言うのを知らないまま、勧善懲悪の世界で論争をしているとも言えよう。
再び見られる日本の全体主義化
今回の露宇戦争で見られる危険な兆候として、ロシア憎しのあまりに日本の世論まで全体主義が広まっている点だ。有り体に言えば「安倍政権時代に右と左に分かれて対立していた人間が同じ方向を向いて世論を扇動している」ということであろう。
露宇戦争に関するツイートだけを見て与党支持者か野党支持者かを見分けるのは、今はほぼ不可能になった。唯一識別が付きやすいのは山本太郎の支持者くらいなものである。
ロシア憎しの余りに「ロシアを叩け」と、右も左もただ一つ、正義の為にウクライナを支援し、或いはロシアを叩かんとする姿勢は全体主義そのものである。
こうして日本が再び全体主義化していく要因は大雑把に挙げて5つある。
①日本には西側(ウクライナ寄り)の情報しか報道されない
②失われた30年による構造的な不況
③収まる気配のないコロナ禍
④日露間にある歴史的対立
⑤日本人のマスメディア依存気質
平成の間はナリを潜めていたが、少なくとも明治~昭和時代に於いて、日露間は緊張した関係が長く続いた国である。
これに加えて実質的にアメリカの家来である日本は、独自の視点を持つことが出来ず、ただただCNNやBBCのニュースを垂れ流すだけになってしまった。
CNNやBBCはロシアのスプートニクと大して変わらないような存在であり、当然ながら彼らには彼らの思惑がある。今の米露がどのような関係であり、彼らにどんな思惑があるかを疑ってかかればCNNにもBBCにも、それこそスプートニクだろうが鵜呑みにしてはならないと判る。
ところが日本はマスメディアへの信頼度は高く、特にテレビと言う「降ってくるニュース」に対しては無防備なところがある。更に構造的な不況や収束しないコロナ禍などで平和の有難みなどと言うのは実感し辛くなっていることに、抱え込んだ鬱憤を外部に向けて発散したい状態が出来上がっているとも言えそうである。
地獄(戦争)への道は善意(正義)によって舗装されている
そもそもプーチンはどのようにして戦争を始めたのであろうか。
少なくとも我々はロシア国内に於いて、プーチンの始めた戦争がどのように報道されているのかを知らない。同時に、戦前にゼレンスキーが何をしていたのかさえ、大半の日本人は知らないのだ。
ただし、今の日本で報道されている光景はウクライナを絶対善とし、ロシアを絶対悪とした二極論構造となっている。
一方で、戦前にゼレンスキーは親露派のいる地域へドローン攻撃を仕掛け、極右勢力の勢いがついていたことは残念ながら事実である。
BBCニュースですら、2012年の段階でウクライナでネオナチズムが浸透していることを報道していた。それはロシアによるウクライナ侵攻開始と同時に、パッタリと報道されなくなったのである。
民衆と言うのは解り易さを求めるものであるが、ある意味でマスコミへの信頼度が高い日本人の場合、それは顕著かもしれない。
善悪の二元論は大変解り易く、ロシア=悪であり、ウクライナ=善という二元論によってのみマスメディアでは報道されているということである。
何のことは無い、西側には西側の意図があり、ロシアにはロシア側の意図があるだけの話なのだが、この辺りの報道の読み方(見方)と発信者の意図の詠み方は身に付いている国民は少ないのであろう。
ウクライナの善を信じ、ロシア制裁強化、対露強硬論を訴える人間は善良な人間であり、或いは純粋な人間なのかもしれない。ある意味で、地獄(戦争)への道のりは善意で舗装されているようなものである。