噂というのは訳の分からないものが流れることがあるもので、先日は私が所有するTwitterアカウントを私がイジメているという噂が立っているのを見てしまった。運用方針を定め、私が管理しているTwitterアカウントに対して何故私がイジメてるという噂が立つのかわからないが、それししてもTwitterユーザーというのはなかなか過激な人が多いなというものは、よくよく考えさせられる次第である。いったいなぜTwitterユーザーには過激な人が多いのか。今回はそれを考えてみたい。
2ちゃんねるの上位互換
Twitterはよくよく2ちゃんねるの上位互換とも言われることがある。
・2ちゃんねるは長文が嫌われる
・だから140文字制限がちょうどよかった
・加えてアイコン登録もできるから移住先になった
こんなところなのだろうか。
2ちゃんねるとの違いはコテハンが基本で実名アカウントもいることだが、この実名アカウントもまた2ちゃんのノリでやる人が少なくない。例えば丸山穂高であるとか堀江貴文とか。この2ちゃんのノリが人気の理由なのでもあろうが、総じて過激な人が多いのは確かであり、また過激さが求められるという風潮が感じられる。
・2ちゃんねるは長文が嫌われる
・だから140文字制限がちょうどよかった
・加えてアイコン登録もできるから移住先になった
こんなところなのだろうか。
2ちゃんねるとの違いはコテハンが基本で実名アカウントもいることだが、この実名アカウントもまた2ちゃんのノリでやる人が少なくない。例えば丸山穂高であるとか堀江貴文とか。この2ちゃんのノリが人気の理由なのでもあろうが、総じて過激な人が多いのは確かであり、また過激さが求められるという風潮が感じられる。
村社会/先鋭化をしやすいSNS
同時にTwitterの恐ろしさは村社会化を起こしやすいSNSであるということ。
ミュートやブロックリストで嫌な人をシャットアウトできることが一つの利点だが、一方でフォローしている人間のタイムラインの更新がかなり速い。言ってしまえば、Twitterは瞬発力を要求されるSNSなのだ。
個人的に政治アカウントで600人くらい相互関係を結んでいるが、その600人全部を追うのは不可能だ。そして高速で流れるタイムラインを見ていくうちに、だんだん思想が先鋭化されてくる。これがある意味おっかないところかもしれない。
ミュートやブロックリストで嫌な人をシャットアウトできることが一つの利点だが、一方でフォローしている人間のタイムラインの更新がかなり速い。言ってしまえば、Twitterは瞬発力を要求されるSNSなのだ。
個人的に政治アカウントで600人くらい相互関係を結んでいるが、その600人全部を追うのは不可能だ。そして高速で流れるタイムラインを見ていくうちに、だんだん思想が先鋭化されてくる。これがある意味おっかないところかもしれない。
他のSNSではTwitterのようなノリは通用しない
サブSNSとしてInstagramとCTimeをやっている私だが、やはりTwitterの空気は独特だ。
何と言っても喧嘩を見ることがない。ゼロではないだろうが、多く見かけることはない。そのそも2ちゃんのノリでできる雰囲気ではないし、入力できる文字数が多いことも原因としてあるのかもしれない。あくせく他の人のタイムラインを高速で見ないといけないわけでもない。その分、思慮しながら見れることもあるのかもしれない。
或いはTwitterの引用リツイートが、ある種の喧嘩やイジメに使う手段になっているのもあるのかもしれない。
「ファンネル」などという言葉があるが、これはフォロワーの多いアカウントが喧嘩相手にフォロワーをけしかけるとき、一緒に尊師の敵を叩きに行く様がサザビーやキュベレイの「ファンネル」に例えられている用語だ。これも恐らくTwitter独自用語であろう。
こうした治安の悪さが目立つSNS、それがTwitterである。
それはまるでSNS界の掃き溜めのように、今日もどこかで罵詈雑言が繰り広げられるのである。
何と言っても喧嘩を見ることがない。ゼロではないだろうが、多く見かけることはない。そのそも2ちゃんのノリでできる雰囲気ではないし、入力できる文字数が多いことも原因としてあるのかもしれない。あくせく他の人のタイムラインを高速で見ないといけないわけでもない。その分、思慮しながら見れることもあるのかもしれない。
或いはTwitterの引用リツイートが、ある種の喧嘩やイジメに使う手段になっているのもあるのかもしれない。
「ファンネル」などという言葉があるが、これはフォロワーの多いアカウントが喧嘩相手にフォロワーをけしかけるとき、一緒に尊師の敵を叩きに行く様がサザビーやキュベレイの「ファンネル」に例えられている用語だ。これも恐らくTwitter独自用語であろう。
こうした治安の悪さが目立つSNS、それがTwitterである。
それはまるでSNS界の掃き溜めのように、今日もどこかで罵詈雑言が繰り広げられるのである。