横浜センチュリー

📰Side Beach Journal
  • トップページ
  • トリエンナーレ天皇論:「貴方の家族の写真が焼かれたら」はチョー的外れ
下層ページタイトル背景

新着情報詳細

トリエンナーレ天皇論:「貴方の家族の写真が焼かれたら」はチョー的外れ

あいちトリエンナーレ昭和天皇論

あいちトリエンナーレを巡るネット論争はなかなか収束の気配が見えないが、昭和天皇の写真を巡る論争で今さら気になることが一つあった。
「お前たちの家族の写真が燃やされたりしたらどう思うんだ!」という手の論争だ。
確かに自分の家族の写真が燃やされてネットにアップされたり展示されたりするとなれば、それは誰しもが良い気持ちはしないだろう。そう、それは一見正論である。一見正論に見えるように見えるのだが、ふと引っかかるものがある。
「そもそも昭和天皇は私人なのか?」
ということだ。
言うまでもなく昭和天皇は公人であり、私人では決してない。それもただの公人ではない。先の大戦で講和を結ぼうと思えば結べた立場であり、昭和天皇には紛れもなく戦争責任があるのである。
大日本国帝国憲法下における昭和天皇は実権を持っていたわけで、言ってしまえば昭和天皇の決断は当時の日本人の命運を動かす力を持っていたのである。

昭和天皇は日中戦争や太平洋戦争の降伏を決断できる立場にあった。これはもう疑いようもないことで、これは1945年に昭和天皇に宛てられた近衛上奏文にも「もう大東亜戦争は負けるの間違いないっすから(私の身を守るためにも)どうか決断してちょうだい」という内容の文面が書かれている。
大曲覚氏(硫黄島の戦いの生存者)の「英雄なき島」を読めば、当時の日本軍の下級兵士も日本が敗戦するのはほぼわかっていたことが書かれている。
とどのつまり、3月10日(東京大空襲)から8月9日(長崎原爆投下)までの犠牲は、昭和天皇の決断次第では抑えられた犠牲である。
戦争を知らない世代に産まれた我々は「昭和天皇の写真が焼かれる」という光景だけを見てものを考えがちだが、そもそも昭和天皇は一国の軍隊を動かせる強大な力を持っていたという前提は持っておいた方が良い。この前提を持たなければ、そもそも物議を醸すことになったトリエンナーレ作品の作られた背景がわからないからだ。
さて、今回トリエンナーレで一時展示中止になった「表現の不自由展」は大人の事情により世に出なかった大浦信行の作品であるが、大浦信行作品に対するバッシングとは裏腹にふと考える。
「そもそも私の親族がそこまで他人に恨まれるような大きな権力なんざ手に出来るんかいな?」と。
個人的な身の上話をすると、私の家族構成としては母と祖父がかなりの荒くれ者である。祖父は酒乱であったし、母も非行歴があるが、それでも社会ではまぁ真面目に働いてはいる。確かに気性が荒いから喧嘩になった相手に飛び膝蹴りでも浴びせようものなら恨まれようが、それでもまぁ写真を焼かれるような事態までは発展しないだろう。まぁなんかの雑誌に載って売れ残った分が焼却炉に行くかもしれないが、せいぜい一般人のスケールとはそんなもんである。
これに対して昭和天皇は公人であるし、しかも大日本帝国憲法下では降伏を決断できる立場にある。
結局、8月15日まで決断が遅れて云10万の命が犠牲になったわけで、そこを踏まえて大浦信行は「昭和天皇は戦争責任を取れ!」と表現したのがあのコラージュだったのだろう。
少なくとも昭和天皇と一般人では持っていた権力のスケールが違うので「お前の家族の写真が焼かれたらどうだ!?」という論法は破綻しているように思うのだが、果たして?

戦争   2019/10/11   センチュリー・大橋
PAGE TOP