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改めて問おう-表現の自由とはなんだ?!:あいちトリエンナーレの憂鬱❶

あいちトリエンナーレの「表現の不自由展」は大炎上し、津田大介氏には脅迫が行われる事態にも発展している。
今、世界を二分しているのは左派的社民主義と極右的封建主義であるように思われるのだが、改めて今回の表現の不自由展は、国民を分断するのに充分過ぎる展示内容であった。
そして山田太郎議員が「表現の自由を守る」という約束で当選しているのも相まってか、ここでも「表現の自由」が大きな問題になっている。当然ながら山田太郎議員は今回の件で意見を求められているが・・・。

『発した表現については表現者は責任を負うべきです。私個人は今回の表現は好みません。関係者に危害が及ばないことを望みます』

非常に歯切れの良くないツイートになっている(魚拓)。

一方で、武井俊輔議員は河村名古屋市長の発言等に対し、警笛を発している。
「この人がなぜ自民党にいるのだろう」とよく評される武井議員であるが(それは基本的にアベノミクスに賛同の立場だから必然的に自民なのだが)、概ね彼は表現の自由というものを理解していると言えるだろう。
なぜ同じ自民党議員でありながら、表現の自由を巡って山田太郎議員と武井俊輔議員にここまでツイートの質で差がつくのかと言うと、これは山田太郎議員の守りたいものが「表現の自由」ではなく「コミックマーケット」だからだと言えるだろう。いや、これは前々からわかっていたことだが、山田太郎議員の守りたいものはあくまでも「コミックマーケットでしかない」ので、根本である「表現の自由とは何か/どういう経緯で生まれたのか」という背景を理解していないのである。
同時に自身の支持者がどんな人達かは良く知っているので、回答に『私個人は今回の表現は好みません』と最後の方に持ってこられるのである(文章は本当に伝えたいことは最後の方に来るのはお決まりのプロセスである)。

何の経緯で作られた条文なのか

まず日本国憲法は何のために生まれたか。ここについての歴史的背景を振り返ることが必要不可欠だ。
日本国憲法はいわば、日中戦争と太平洋戦争の反省からスタートして生まれているものだ。
つまり、日本国憲法の持つ根底思想は「不戦の誓い」なのである。これは9条がどうという問題ではなく、日本国憲法全体で見た時に持つ思想が「不戦の誓い」なのだ。
「じゃあ表現の自由と不戦がどう関係するんだよ?」
と思われるかもしれない。
これは要は、国家を自由に批判する権利を有し、再び日本がファシズムへ突っ走らないようにするための仕組みとして表現の自由が存在している。
同時に、単に「表現の自由を保障します」だけでは効果が薄いので、21条に検閲の禁止を絡めているわけだ。
大村秀章愛知県知事
写真元:朝日新聞社

大村秀章知事は開催中止を求めた河村名古屋市長を「憲法違反ではないか」として批判し、吉村洋文大阪府知事が「なんで河村さんが悪者にされてるんだよ!」と激昂していたが、憲法解釈について言えば、大村県知事が正解なのだ。
よって表現の自由とは本来、ファシズム化を防止するためにある自由であって、コミケを守る自由というわけではないのだが、例え税金で行われるイベントであっても行政が検閲することはできないということである。

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憲法   2019/08/05   センチュリー・大橋
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