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「言いたいことが言えなくなった今がおかしい」という残念な上司⓵

人前で叱るリスクを学習しない上司達

大阪企業である倉敷紡績の執行役員が、管理職であった部下に暴言を浴びせたことで辞任していた。既に暴言を受けた管理職は退職をしているが、新人教育をしている最中に「無能な管理職だ」と罵られ、多数の社員の前で長時間の説教を受けるようなこともあったという。
「倉敷紡績」と言う名前なのに、岡山ではなくて大阪に本社があるという疑問はさておき、時に「辞めさせたろか」と凄まれることもあったという。

こういうことがあると、決まってこんなことを言う人が現れる。
「これくらいでパワハラだの言うほうがおかしい」
「言いたいことも言えない時代になった」
などなど。こうした発言をするのは「自身が誰かの上司だから」なのかも知れないが、しかし「貴方みたいな人が言いたいことを我慢しているから世の中全体がマシになった」と言った方が良さそうである。

本来、人前で叱るというのは、大きなリスクを伴うものである。
それは人前で叱られる側は面子が潰されるということもあるし、或いはアメリカ社会では「怒りをコントロールできない人」とみなされる。
国が変われば文字通り「命取り」になることもあり、フィリピンでは日本人や韓国人が「人前で叱った」ことが原因で命を落としている。

儒教文化の弊害

「言いたいことが言えなくなった今の時代がおかしくなった」のではなく「貴方みたいな人間が言いたいことを言えていた昔の方がおかしかった」と言う方が、日本の企業文化の実態である。日本には体育会系企業が多いが、体育会系企業の文化は遡ってみると、儒教文化に帰結する。
これは企業文化に限ったことではないが、日本に存在する病理は儒教に起因するものが多い。

森友学園事件では教育勅語が話題になったが、この勅語の成立には儒学者が関わっており、朱子学の影響を色濃く受けている。靖国神社なども遊就館を見学すれば、あれは儒教(朱子学)の価値観そのものであるということも気付く。昨今何かと世間を騒がせている統一教会も、根本的な価値観は儒教だ。
勿論ブラック企業の価値観に於いても例外ではなく、やはり儒教の影響を受けているのである。

「日本と韓国は悪いところが似ている」と言われたことがあるが、それもそのはずである。
歴史を遡れば秀吉の朝鮮出兵の際、儒教に関する書物も日本に多く持ち帰られていることから、日本と韓国の悪いところが似るのは無理もないことだ。それがフィリピンをはじめとする東南アジアで「皆の前で叱ったこと」により、文字通り命を取られるものが日本人と韓国人であることからも、なかなか笑えない話である。

昔の企業戦士が頑張れたのは安定の老後という報酬

恐らくバブル世代以上の者から見た場合、今のサラリーマンが軟弱なように見えてしまうのであろう。
「何かあると直ぐパワハラと言われるようになった」と考えているかもしれない。そんな世の中を前にして「言いたいことも言えない世の中になっておかしい」と言っているのである。
だが、実際は「貴方達が言いたいことを節操なく言えた時代の方がおかしかった」のである。
しかし、文句を言う中高年の言い分も無理もない。彼らもまた罵声に耐え、家族をそっちのけにしてでも企業に身を捧げて生きてきたからだ。というより、今の中高年世代が企業戦士だった時代の日本は「家庭を大事にするようなサラリーマンなど必要ない」時代だったのである。

彼らの若い時代の日本企業と言うのは、言うなれば社長(或いは上司)と社員の関係が父と子のような関係だったと言えよう。
大企業を筆頭に終身雇用が生きていたから、定年まで会社に守ってもらう恩を感じながら全力で会社の為に邁進出来た。

問題は終身雇用が崩壊した後である。終身雇用が崩壊しても、体育会系(儒教/朱子学)の体質だけは残った。終身雇用、安定の老後と言う報酬が無くなれば、前の世代が耐えてきたものも、次の世代では耐えられなくなるのは、何ら不自然ではあるまい。少なくともバブル世代以前と氷河期世代以後では、持っている前提は異なるのである。

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  2022/09/09   センチュリー・大橋
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