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自らの幸福よりも他者の不幸:他罰願望者が望む新•社会主義⓵

幸福追求より他罰


写真:津山市のフリー写真素材より

 

自分に自信を持つ、自らの幸福を追求すると言うのは、些か苦痛の伴う行動である。
少なくとも勉学やスポーツにおいて研鑽を積まねばならないし、時には他者との競争に勝たなくてはならない。
婚活をするなら最初の一歩を踏み込む勇気は必要になれば、メンタルが傷つく恐れもある。

 

自らの幸福を追求すればするほど、どこかで苦痛が伴うのであるが、他者を不幸にすることについては、特別な努力は必要がない。
正義の仮面を被って他者を罵倒するだけ、足を引っ張るだけで良い。

前回の記事では参政党躍進の理由を考察したが、参政党躍進以前からも躍進の土壌となる要因は存在した。
少なくとも2010年代に在特会の行動が活発化し、第2次安倍内閣が始まってから本格化した。
菅政権時や岸田政権時前半はそうした過激な活動はなりを潜めていたものの、石破政権になってから再度本格化した。

こうした動きは日本固有の現象でもなく、第1次トランプ政権が誕生あたりから、世界的に起きている現象でもある。
少なくとも第1次トランプ政権の成立に大きく貢献したのが「インセル(非自発的禁欲主義者)」と呼ばれる男性達であることが知られている。

実際に事件も起きている。
2018年にトロント車両暴走事件を起こしたアレク・ミナシアンは事件前、フェイスブックでエリオット・ロジャーを讃えながら犯行予告をとも取れる投稿をしている。
エリオット・ロジャーはアイラビスタ銃乱射事件を起こした者であり、インセルを自称していた。

被害者ポジションを取りたがる

アメリカやカナダとは国民性が異なる日本において、必ずしも同じようなことは起きてはいない。
日本にはインセルに変わって「弱者男性」と言う言葉があり、何を以て弱者と定義するのか定かではないが、インターネットにおける言動を見るに「恋愛(結婚)弱者」であるとする傾向が見られる。

「恋愛弱者(結婚)である男性」が大抵「経済弱者も兼ねている」と言う構図であろうか。
深刻なのは日米ともに「自分は(女性/移民の)被害者だ」と言うポーズを取ることは一緒であると言うことだ。

少なくとも「今の現状」は「自分が選んできたこと」の延長にあるはずであるが、なぜ自分がそう言う現状を選んだかなどの振り返りをできる者は多くない。
多くの場合は他責に進み、自らを被害者と位置付けることに関しては、日米間で大差はないと言うことでもある。

「リベラルは寄り添うふりを止めろ」と言うが…

少なくとも「弱者男性」と呼ばれる者の多くは社会に対し、何かしら鬱屈したものを抱えているのであるが、しかしながらリベラル派に対しては「冷笑」のポジションを選択してきた。

「リベラルは寄り添うフリを止めろ」であるとか「リベラルは寄り添ってくれなかった」と言う被害者ポジションのコメントをネットで見かけることはあり、確かにリベラル派は「弱者男性問題」を置き去りにしてきた面は否めない。
しかし、人道的観点から「こら寄り添えんわ」と言うケースも存在する。

Togetterで「私は国が嫁を配給してくれたら普通にうれしいですね」と言う発言を見かけたが、これに賛同するようでは同義的におしまいである。
インターネットの恐ろしさは、アメリカでインセルコミュニティが出来上がって先鋭化したように、日本でも弱者男性同士がエコーチェンバーによって先鋭化すると言うことは起きている。

先鋭化した彼らの怒りの矛先は資本主義と言う制度にも向かっている。
そんな彼らが望むものは国粋主義と社会主義が合わさった「新•社会主義」である。

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世論   2025/08/23   センチュリー・大橋
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