財務省悪玉論の愚かさ-財務省を解体した後のことを考えていない⓶
財務省を解体しても豊かにはならない
写真:大阪港のフリー写真素材より
財務省を解体したところで国民生活は豊かにならないし、財務省を叩いたところで本当に深刻な危機の進行は止まらない。
財務省としてのミッションは財政規律を守ることであるが、国家運営に財政規律が大切であると言う財務省の言い分は尤もである。
財務省解体論者の多くは「自国建国債は破綻しない」と言う事を述べ、財源は国債で賄えば良いと言う考え方が根本にある。
尤も、その盛大な人体ならぬ国体実験の場がアベノミクスであった。
ではアベノミクスの結果どうなったのか。
2025年の2月現在における1ドルは凡そ150円である。
アベノミクスでは国債の日銀引受を加速させ、国債の半分以上は日銀が引受けた状態となった。
通貨を発行しすぎたことで「円の価値が下がった」即ち円安となったのであり、我々の実所得が下がったのである。
財政規律を重んじる財務省に実験があったなら、ここまでの物価高にはならなかった筈だ。
少なくとも安倍政権時代の中では、財務省は殆ど権威は持っていなかったと言って良い。
財務省を解体したからと言って、国民の生活は豊かにはならないのである。
少子化進めば鈍する
元より、今の日本人の税金が上がっていくのは少子高齢化社会に大きな要因がある。
今の社会保障制度が人口増加をモデルにしたものである以上、人口減少をすれば必然的に負担は増加する仕組みになっているのだ。
公的年金などは実質的に破綻していると言っても良く、大きな政府を維持するのは無理な状態なのだ。
しかし社会保障と言うのは増やそうとするのは簡単であるが、削ろうとするのが容易では無い。
まるでマンションが建設される気軽さとは裏腹に撤去は簡単ではないことと近しい。
特に高齢者や氷河期世代は人口が多いため、社会保障削減に当たってこれらの層の同意を得るのは楽では無いのだ。
若者に対し、氷河期世代や団塊世代になるにつれて数の暴力があるため、高齢層の社会保障を削減することが難しい。
かくして大きな政府を維持せざるを得なくなり、大きな政府を維持するにあたって税金や保険料も増大の一途を辿ることとなる。
一方、生産年齢人口だけで146万人の引きこもりがいると言われており、ちょうど京都市や神戸市、福岡市の人口がまるまる引きこもりと言うのが今の日本である。
即ち「納税者不足」に陥っているのであり、これも間接的ながら労働者にしわ寄せが行く。
日本の出生率は既に1.3すら切っているので、人口減少は加速度的に進み、負担はますます増大していくことになるだろう。
もちろん、この少子化に対して財務省に責任があるわけではない。
なぜなら少子化は金の問題から始まったものではないからだ。
実際には財務省とは無関係のところで瀕している
財務省陰謀論はネットで大きな支持を集めているが、恐らく三橋孝明氏や森永卓郎氏に加え、最近では元明石市長の泉房穂氏が後押ししているのも大きいであろう。
だが、現実は財務省に責任を擦り付けられるほど甘くはない。
少子化が進む以上は内需も細るのだから、外貨獲得に日本企業は動かねばならないのだが、海外市場に及び腰なのはジャニーズ事務所が象徴してしまっており、ネットでも反グローバルは大きなクラスタとなっている。
思うに、財務省解体論は「単なる現実逃避の手段」として必要とされたに過ぎず、財務省を叩いたところで日本人が豊かになれるわけではないのである。
実際問題として、財務省解体後のビジョンを描けている論者はいるであろうか。
目立たぬところにはいるかもしれないが、結局のところ憂さ晴らしの手段でしかない財務省解体論であるから、誰も解体後のビジョンは示せぬのである。
尤も示せる人間はいないであろう。
何故なら解体の必要が無いからである。
