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芸能人の不倫報道の期間が長すぎる…所詮は当事者間の問題でしかない⓶

写真:白山市のフリー写真素材より

不倫報道を求める消費者がいる

芸能人の不倫報道は報道機関が長すぎる。
ベッキーにしろ広末涼子にしろ、芸能人の不倫報道と言うのはなかなかに長い。
不倫報道とはズレるが、渡部健の不貞行為に関する報道もまた長かった。
これらの報道期間に対して「国会から目を逸らす報道だ」と言う声もあるが、残念ながらマスメディア各社に国会からの目逸らしの意図はない。
「売れるから報道しているだけ」なのだ。
要はそれを求める消費者がいるだけなのである。

不倫報道という名のエンタメ

では何故不倫報道を求める視聴者がいるのか。
これは不倫報道がエンターテイメントとして機能しているからと考えた方が良いだろう。
普段、政治に対しては不満を(あっても)言わないような人が、不倫報道になると過激になったりする。
だいたいこうした不倫報道が出た芸能人は活動休止や引退に追い込まれるが、ではそうした芸能人が活動休止や引退に追い込まれて社会が良くなるのかというと、そんなことは全くない。

言ってしまえば「悪は裁かれた」という私的制裁欲を満たすためのものにしかならず、公益性など全くないのである。
それでも政治の世界と比べると不倫バッシングと言うのは、まことしやかに参加者が多い。
政治の世界と違い、時の内閣に比べて芸能人の不倫報道は不倫をした芸能人が圧倒的な弱者となり、叩きやすいというのもあるのかも知れない。

小難しい政治の世界と比べて不倫は「やった奴が絶対悪い」という単純さもまたわかりやすい。
そうして芸能人の不倫報道は「エンターテイメント」として消費されてゆくのである。

正義を行使するより自身にも危機感を持つ方が良い

芸能人の不倫報道に公益性は無く、それで引退や活動休止する芸能人が出たところで社会は微塵も良くならないが、芸能人の不倫報道などというのは正義に酔うより「自分が不倫の当事者にならないように」と当事者意識を持って眺めるくらいがちょうど良いのではなかろうか。

一件、異性と縁の無さそうな面構えの者が意外と異性トラブルを起こしていると言ったことがある。
「自分は大丈夫」と思っていても、それが「意外なところから恋愛関係に発展してしまう」ということがあるものだ。
せいぜい芸能人の不倫報道は、そういう視点で見れるかどうかが価値のある要素と言えるだろう。

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ジャーナリズム   2023/08/02   センチュリー・大橋
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